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詩の窓辺・第9回

かがわ・ぶんいち


『海は光れり』


貧しさを時に歎けど吾が世帯
こまごまと物のふえていくなり(桐田しづ)

丘より見ゆる海は青し
夏の畑につくりし
胡瓜のごとき色を
にがく走らせたり

海はひねもす
わが乾ける瞳を刺し


われは此処に住みて
はや四年(よとせ)となりし
わが生活はまづしけれど
まづしさも己のものぞと
一筋にがき海に向かひて
語りきたれる


妻よ
今日も海は光れリ
人の住む陸を抱きて
するどく海は光れり

 この詩の冒頭は加川夫人の短歌に始まっているが、文一がこの詩を吟じるモティーフとなったのは、まぎれもなく夫人の歌である。読み比べてみるとわかるように、定型詩と自由詩の違いはあるものの、シチュエーションが全く同じであることに誰もが気付くであろう。    夫人の短歌は生活苦を楽天的に表現している。文一はその歌に応えるようにして詩を綴っているのであるが、そこは明治の詩人らしく、気骨な男ぶりを瞬かせながら書き始められている。
一連目と二連目は、文一のジレンマの告白である。多分、父親の仕事であった農作業の手助けをしていた時分に、眼に焼きついた胡瓜の色と海原の色彩を、心に絡まる「葛」と「藤」を比喩したのであろう。やがて文一は巨海から刺激を受けて目覚めていく。
「貧しさを時に歎けど吾が世帯」と三連目の「わが生活はまづしけれど まづしさも己のものぞと」とは一心同体であるが、結びは夫婦の絆を超越した新たな包容へと飛翔していく。即ち、最終連では「にがい」という否定的概念が打ち消されており、詩人の眼、いや文一の魂は、太平洋を見下ろす丘から遠く離れて、洋上から陸地を見詰めて妻に語っているのだ。 
この四連目の原動力となっているのは、天真爛漫な内助の功である。文一は自らするどく光る海となって、大陸もろとも愛する妻を抱擁したのである。またこの詩は、三十路を迎えた文一の、清新なる男の誓いでもあった。

かがわ・ぶんいち(一九〇四〜一九八一)山口県出身の日系詩人。十四歳のとき、父親の呼び寄せで渡米。英語の処女詩集『Hidden Flame』を上梓した。戦時中は収容所内で発行されていた文芸誌『鉄柵』で活躍。戦後はロサンゼルスの日系文壇のリーダー的存在となる。



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