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特集記事



JANMへ行こう!! vol.64 - 日系アメリカ人二世は特別な世代①


今月のガイド
メリー・カラツ さん

日系二世。25年間、JANMでボランティをしている。JANM建設のための資金集めに貢献。1997年、夫のジョージさんと共にMuseum Family Awardを受賞。1998年には、その年に最も貢献したボランティアに与えられる最高のボランティア賞、 Miki Tanimura Outstanding Volunteer Awardを受賞。




二人の女性から影響



Pre-War San Gabriel Valley Reunion、ウェストコビナ市のEast San Gabriel Valley Japanese Community Centerにて。メリーさんのメンターだったヘイゼル・ロバーツさん(前列)、メリーさん(右から二人目)と姉のアキさん(右端)(1987年10月24日)
私が幼少の頃に影響を受けた女性は二人います。一人は、私の家の近所に住んでいたヘイゼル・ロバーツ夫人です。私たち家族はロサンゼルスの東にあるコビナに暮らしていて、近所には多くの日系人家族も住んでいました。私が8、9歳の時、ヘイゼルさんは私たち日系二世たちを家に招いて、料理やレース編みを教えてくれました。彼女は天使のような人で、私のメンターでした。時には、私たちを博物館や動物園などにも連れていってくれました。彼女の家には年齢別に分けた幾つかのグループの子どもたちが週に一度、学校帰りに通っていて、私のグループは全員が日系人で8人から10人くらいいました。当時のガールスカウトのようなものです。
私たちの親は英語を話さなかった人も多かったので、ヘイゼルさんは親たちに英語を教えてくれました。ある人が、「日系人にそこまですることはないじゃない」と、ヘイゼルさんに言ったこともありましたが、彼女は全く気にもとめず、私たちに優しく接してくれました。彼女の影響は計り知れないほど大きくて、私はいつも、いつも恩返しをしなくてはならないと思っていました。

二人目の女性は5歳年上の私の姉です。昔は反日運動もあり、今と違って白人の社会へ入るのはなかなかできませんでした。しかし活発な姉は、高校の女子学生リーグの代表に選ばれて、さまざまな活動をしました。このリーグは偏見的な団体でもありましたが、その中で代表として活躍した姉を、私はとても誇りに思っています。姉はUCLAへ進学し、週末になると私を大学へ連れていってくれて、お陰で私は若いわりにいろいろな体験ができました。


真珠湾攻撃が人生を変えた



その後、私もUCLAへの入学が決まりました。しかし1941年12月7日、日本軍が真珠湾を攻撃して第二次世界大戦が始まったため、進学どころではなくなりました。真珠湾攻撃には本当に驚きましたけれど、このことが私たち日系人と関係があるとは思いませんでした。日米が開戦しても私たちはいつも通りでしたが、近所の人たちの態度が一変しました。彼らは私たちをまるで“二級市民”として扱うようになりました。友人だと思っていた人たちの態度が変わり、その時に誰が本当の友人なのかも明白になりました。良い人もいましたが、多くの人は私たちが怪しいと思っていました。
アメリカ政府は西海岸に住む日系人の強制収容を決めました。収容前、姉は他の5人の日系人女性と共にアリゾナ州ポストンの収容所へ行くことになり、オフィスなどの準備をしたそうです。
真珠湾攻撃は私たち日系人の人生を変えてしまいました。今日までもその衝撃は続いています。私はUCLAへ進学して教師になるのが夢でしたけれど、それも断念せざるを得ませんでした。当時は次に何が起きるのかが全く分からず、とても怖かったです。

強制収容が始まると、両親と幼い弟と妹はハートマウンテンの収容所へ、私は姉と共に、ニューヨークにいるおじを頼って東海岸へ移ることになりました。私たちは親元を離れてアメリカ大陸を横断して、何が起きるか分らないニューヨークへと行かなければならず、17歳の私は左へ行くか右へ行くか、全て決断をしなければなりませんでした。おそらくこの体験のお陰で、私は即決できるようになったのでしょう。もし私の子どもたちが17歳の時に、責任重大な決断をできるかと考えると、おそらくできないでしょう。私たち二世の世代は、他の世代とは違うように思います。

ニューヨークでは日系人への差別はありませんでしたが、厳しい生活でした。良い環境ではないけれど、3食の食事が出され屋根付きの寝場所がある収容所へ入った方がどんなに楽だっただろうと思ったこともありました。
ある時、収容所とは一体どんな所か知りたいと思い、ハートマウンテンに行ったことがありました。その時に11歳と9歳の妹弟にとっては良い環境ではないと思い、弟たちをニューヨークへ連れていく決心をしました。姉は一部屋だけのアパートにどうやって4人で暮らすのかと怒ってしまいましたが、私は弟妹のために学校の手配など次々にしていきました。


夫ジョージとの出会い



夫のジョージさんがメリーさんへ送った写真。「最愛なるメリー」「ラヴ、ジョージ」と書かれている。メリーさんはジョージさんとの結婚生活を振り返り、「とても幸せでした」と話した
主人のジョージは戦争が始まるとコロラド州の収容所へ送られました。しばらくして収容所を出たい人は出れるというので、政府から支給された25ドルで切符を買ってニューヨークまで行きました。1944年頃の話です。しばらくはニューヨークにいましたが徴兵されたので再び収容所へ戻り、その後、日系人部隊の第442連隊戦闘団のGカンパニー所属でフランスとイタリアへ送られ、戦車などの重兵器を扱う部署で任務につきました。
当時、収容された日系人もアメリカ政府から徴兵されました。断ることもできたでしょうけれど、当時、収容所暮らしの日系人に、多くの選択肢などありませんでした。収容所内では活動も限られ、特に青年たちが活躍する機会は少なかったようです。しかし陸軍に入れば、任務がありました。

私とジョージは、戦時中、彼が収容所からニューヨークに来た時に出会いました。ジョージが徴兵された時は、とても怖かったですね。多くの兵士が殺され、彼の兄弟も戦死しました。姉の夫もヨーロッパへ送られて、私たちは毎日毎日ニュースを見ました。義兄は足を怪我してしまい病院に収容されたので、なんとか生き延びましたが、後遺症はありました。
ジョージがヨーロッパから戻った時、私はとても嬉しかったです。そして1950年に、私たちはニューヨークで結婚しました。

(つづく)


写真・文・構成 Tomomi Kanemaru(日刊サン)


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JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

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