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JANMへ行こう!! vol.51 - 日系人祖父母が残した遺産を継承する日系メキシコ系四世


今月のガイド
カイル・ホンマさん

25歳。学生。日系四世でメキシコ系四世。父方の祖父母、ヒデオさんとジュンさんの影響で、JANMのHirasaki National Resource Centerでボランティアを始める。顕著な働きをしたJANMボランティアへ贈られる賞の一つ、2013 Student of the Year Awardを受賞。



―なぜJANMでボランティアを始めたのでしょうか。

私の祖父母の影響です。彼らは、1990年代始めの頃から16年間ほどJANMでボランティアをしていました。
 私がJANMを初めて訪問したのは1997年の1年生の時で、当時は小さかったので歴史には興味はなかったです。今、振り返ると、自分は日系アメリカ人だと自覚することで、祖父母は私を全く違う世界に連れてきてくれたんだと分ります。私は祖父母の近くに住んでいることもあり、彼らから非常に影響を受けたのだと思います。


―お父様は日系アメリカ人三世、お母様はメキシコ系アメリカ人三世です。お母様のご家族からの影響はいかがですか。

母自身、メキシコ文化からの影響を受けてないです。アメリカ人ですね。父は幼い頃に日本語学校へ通い日本語を勉強しましたが、母は英語で育てられました。母に「なぜスペイン語を話さないの?」と尋ねたことがあります。すると母のいとこの話をしてくれました。いとこはアメリカ生まれでしたが、両親がスペイン語を話したので、いとこもスペイン語を話しました。しかし学校で英語があまり話せなかったので、いじめにあったそうです。それを私の祖母が聞いて、子供は英語で育てようと決めたそうです。

―多くの日系人が他の人種と結婚するので、将来は日系人としての特徴が失われるんじゃないかという意見をよく聞きます。カイルさんご自身はハッパですが、このことについては、いかがですか。

他の人種と結婚した場合、“ただのアメリカ人”のアイデンティティというよりは、祖先のバックグラウンドを意識する感じがします。私の祖先は日本人とメキシコ人なので、父方の祖父母や父に、日系人の習慣や風習について、また「どんなことが伝統的な日系アメリカ人なのか」と質問します。特に私のような若い世代は、あまり知らないからです。私の体験からですが、自分はどこから来たのかについて興味を持ち、本当に知りたければ知ることができます。しかしそんなことは気にしないという人には関係ない話です。
 私の祖母は強制収容を体験しているので、収容所での様子や第二次世界大戦後の様子などを聞かせてくれました。JANMでボランティアをしていると、多くの日系人が過去の経験を語らないと聞きます。体験を自分の中にしまい込んでしまうのは、明治時代の特徴なんでしょうね。彼らは収容所の体験を語りたがらないですし、移民の両親のもとでどのように育ったのかも語りませんでした。どうやってそれを表現したらいいかさえも分からなかったのではないでしょうか。


―どんなお話をおばあさまから聞きましたか。

祖母はハワイで生まれ育ちました。多くの日系移民がハワイで暮らしていました。私の曾祖父は柔道を教えていたので、日米が開戦すると、曾祖父のようなポジションの日系人やリーダーたちは、日本のスパイじゃないかと疑われてFBIに逮捕されました。曾祖父は、アメリカ司法省が管轄する拘置
 所に入れられました。その後、祖母は曾祖母と他の兄弟3人と一緒にアメリカ本土のアーカンソー州ジェロームの強制収容所に入れられました。ハワイからの強制収容者は少数でしたが、祖母の家族はその中の一つでした。
 祖母は子供の頃、ハワイで話されていたピジョン英語を話していましたが、収容所の子供にアクセントを笑われて、いじめられたので、それ以来、ピジョン英語を話さなくなったそうです。その後、ハワイに戻っても普通の英語を話しました。
 祖父の父親はFBIに疑われなかったので、そのままハワイで暮らしました。しかし敵国人の日本人と同じ顔をしているので、いじめられたそうです。祖父も辛い時期を過ごしましたし、戦後も普通の生活に戻るのは大変だったようです。


―カイルさんのおじいさまとおばあさまは、どんなボランティアをJANMでしていましたか。

お盆祭りや桜祭りなどのさまざまなイベントに出かけていき、コミュニティの人々やそれ以外の人々にJANMを知ってもらうための活動していました。祖父母は年をとったのでボランティアをやめて、今は私が彼らの残したことを継承している感じです。そういえば祖父母から「カイルが継続していくんだよ」って言われていましたね(笑)。

―JANMでボランティアをして、いかがですか。

ボランティアを始める前に、ガイドのトレーニングも受けました。そのお陰で日系史を勉強できましたし、パーソルな話をすることも学びました。トレーナーから「日系人としての自分のストーリーを話しなさい」と教えてもらいました。
 来館者はさまざまです。JANMのボランティアのような体験をされた来館者とは、私の日系人としての体験や彼らのストーリーを互いに分かち合います。親戚でもないのに、日系人としてコネクションができる感じがします。日系人ではない来館者や日系史を全く知らない方には、自分のストーリーを分かち合うことで、影響を与えます。日系史はまだそんなに教えられていないので、多くの人々がまだ知りませんから。
 JANMではプロフェッショナルな感覚を身につけることができます。どのように人と接したら良いか、どのように自分を表現するのか、どのように仕事の世界で生きるかなどを勉強できます。
 またJANMではいつも私の祖父母や父親の世代(三世)のボランティアに囲まれているので、彼らから多くのことを学べます。ボランティアの方たちとは、もっとパーソナルな話もしますし、アドバイスも受けます。


―読者へメッセージをお願いします。

JANMのコモングラウンドにぜひ来てください。こんなことがアメリカで本当にあったんだと知ってください。衝撃的ですが新しいことが学べます。JANMでは、困難を体験して生き延びた人々に会って、直に話が聞けます。日系人のもっとパーソナルなレベルの話も聞けますよ。

カイルさんの祖父ヒデオ・ホンマさん(左)と祖母ジュンさん


写真・文・構成 Tomomi Kanemaru


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JANMに行くと日刊サン読者にプレゼント!

入館料お支払いの際に「日刊サン掲載の『JANMへ行こう!!』を読んだ」と言うと、『ワシントンへの道 ~米国日系社会の先駆者 ダニエル・イノウエ議員の軌跡 ~』と『知られざる政治家 ラルフ・カーとニッポン人』の2つの日系移民史ドキュメンタリーが入ったDVDを特別プレゼント。昨年末に亡くなった大統領継承順位第3位のイノウエ議員のインタビュー入り。非売品なので貴重なDVD!
*入館料をお支払いの上、入館された方のみ対象。




JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

★「ボランティア・ガイド」に関心のある方は、下記まで。
213-830-5645

2014/12/27 掲載

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