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特集記事



JANMへ行こう!! vol.44 - 話さなければ誰も知らない。だから私は話し続ける


今月のボランティア
キャサリン・マデラさん

ハリウッド生まれ、ロサンゼルス育ち。1958年から1960年まで東京都立川と青森県三沢の米軍基地に滞在する。大の相撲ファン。小学校の先生を退職した後、1997年からJANMのボランティアガイドを務める。



―何がきっかけで、JANMでボランティアを始めたのでしょうか。

1966年から1978年にかけて私が借りていた家の大家さんは、スー・テラタニさんという日系人でした。彼は戦前、サンタモニカピアで「TOKYOビンゴ・パーラー」というビンゴのお店を出していました。 通常のビンゴカードには「BINGO」と書かれていますが、テラタニさんのカードには「TOKYO」と書かれていて、景品も日本の花瓶などだったそうです。お店は、1941年12月7日の真珠湾攻撃の後、日系人への差別がひどくなり閉店となりました。その後、彼はマンザナの強制収容所に送られたそうです。
テラタニさんの死後、私は彼の奥さんから「TOKYOビンゴカード」を一箱ほど譲り受けました。私はそれをずっとガレージに入れたままでしたが、1997年のある日、知り合いからJANMの存在を聞いて、カードを寄付するためにJANMを訪れました。ちょうどその時、JANMでは相撲の展示があり、私は大の相撲ファンだったのでJANMのガイドになりました。私は1958年から1960年まで東京都立川にあるアメリカ空軍基地の小学校で教師をしていて、その間に相撲ファンになってしまい、若乃花や貴乃花を毎場所見ました。
また私は24歳まで、日系人が第二次世界大戦中に体験したことを知らなかったので、多くの方に知ってもらいたいと思っています。1941年、私が7歳のある日、私は母と一緒にいつも野菜を買っている日系人の農家に行きました。畑はそのままなのに、そこには誰もいませんでした。子供の私が知る限りですが、 当時は日系人のことを話す人もいませんでしたし、私の家にはテレビはなかったので、どのように報じられたのかも分りませんでした。
私は高校大学に進学しましたが、その間に教科書で見た日系人についての記述は「日系人は農業をするためにアメリカにやってきた」だけでした。大学を卒業して3年後、私は立川の米軍基地内にある書店でジョン・オカダ著書『No―No Boy』を買い、日系人に何が起きたのかを初めて知って衝撃を受けました。そしてビンゴカードをJANMに持ってきた時、これが24歳の時に読んだ『No―No Boy』に書かれていたことなんだと気がつきました。私が何も知らなかったように、まだまだ多くの人が日系移民史を知らないと思います。だからJANMのガイドになって子供たちに話をしています。


―1958年の日本の印象や生活はいかがでしたか。

1960年に大阪城を訪れたキャサリンさん
8月6日に日本に着きました。私は東京の第一ホテルに滞在しましたが、その日は外に一歩も出れませんでした。外では提灯を持った大勢の日本人が、叫びながらデモ行進をしていました。とても怖かったですね。なぜなら8月6日は広島に原爆が落された日で、日本に原爆を落したのは私たちアメリカ人なんですから。また日本は蒸し暑かったですね。気候もデモ行進も、私にとって衝撃的でした。あと日本は蜂蜜の香りがしていました。
米軍基地では小学2年生のクラスを受け持ちました。休日はよく蒸気機関車に乗って出かけて、鎌倉、京都、大阪、四国、北海道など日本中を旅しました。ある時は温泉に行くと、そこで出会った人から「息子が英語を話したがっているから家に来てほしい」と言われ、そのお宅に宿泊したこともありました。出かけると、いつも誰かしら英語を話したいという人がいましたよ。私は冒険大好きですが、同僚たちは「基地は安全だから」と言って休日も外出しませんでした。


―小さい頃から日本のことに興味があったのでしょうか。

いいえ、小さい頃の日本との接点は、突然消えてしまった農家の日系人だけでした。私の近所は全員が白人で、友人も白人でした。
その頃、差別ということさえ意識したことがありませんでした。例えば、私たち白人の住宅地にあるプールでは白人以外の人は泳いではいけませんでした。けれど注意書きなどはなく、いわゆる「暗黙の了解」の上に成り立っていました。今、振り返ると驚くことばかりですが、当時は差別が蔓延していたにもかかわらず、私は白人だったがゆえに、このような差別に全く気がつきませんでした。
ある時、映画館に行って私は1階に座りました。アフリカ系アメリカ人は2階に座り、1階に座ることはできませんでした。白人である私は、2階に白人以外の人が座っているとか何も考えませんでした。私の近所の人は親戚がテキサスに住んでいて、あちらには差別があるけどロサンゼルスにはないと言っていました。とんでもないことです。ただ私たち白人が気がついてなかっただけです。


―いつ頃、差別について気がつきましたか。

20代か30代だったかしら。誰かと話していて、アフリカ系アメリカ人は私たちの地域のプールでは泳いではいけないと知ってからだったと思います。両親はそのことについて、私たち子供に話したことさえありませんでした。
JANMでガイドを始めてから、ある日系ボランティアが「私たちは差別があったことに気がついていたわよ。だって『このビーチはアジア人しか泳いではいけない』と決まってたから」と話してくれました。私は「ここで泳いでいいのかどうか」を心配したことがなかったので、差別には全く気がつきませんでした。


―いつの時代も常識となっていることに問題意識を持つことは難しいですが、大切なことです。  JANMの来館者にはどんなことを伝えたいですか。

今日、私がガイドしたのはメキシコ系アメリカ人の高校生たちでした。私はドイツ系とデンマーク系のミックスです。彼らに「私たちそれぞれのストーリーがアメリカの歴史なんですよ」と伝えました。アメリカの歴史はヨーロッパから移民したピューリタンだけの歴史ではありません。アメリカに暮らす多種多様な民族や人種の歴史がアメリカの歴史です。そしてJANMは、日系アメリカ人にフォーカスしたアメリカ史の一部を伝えています。

■『No-No Boy』 日系アメリカ人作家、ジョン・オカダ著。
第二次世界大戦中から戦後の日系アメリカ人の生活を主題に書かれた小説で、アメリカ政府が日系アメリカ人に行った忠誠登録の質問27番と28番へ「ノー、ノー」と答えた日系人の青年が主人公となっている。1957年にアメリカで発行された。


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写真・文・構成 Tomomi Kanemaru



JANMに行くと日刊サン読者にプレゼント!

入館料お支払いの際に「日刊サン掲載の『JANMへ行こう!!』を読んだ」と言うと、『ワシントンへの道 ~米国日系社会の先駆者 ダニエル・イノウエ議員の軌跡 ~』と『知られざる政治家 ラルフ・カーとニッポン人』の2つの日系移民史ドキュメンタリーが入ったDVDを特別プレゼント。昨年末に亡くなった大統領継承順位第3位のイノウエ議員のインタビュー入り。非売品なので貴重なDVD!
*入館料をお支払いの上、入館された方のみ対象。




JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

★「ボランティア・ガイド」に関心のある方は、下記まで。
213-830-5645

2014/09/27 掲載


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