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JANMへ行こう!! vol.42 - 日系移民史から「日本人の性質」を再認識する


今月のボランティア
ヘレン安田さん

ヘレン安田 フレスノ出身。戦中はジェロームとロアの収容所へ送られた。1991年からJANMボランティアを始める。自宅に飾られた自作のアート作品の前で。



―安田さんのご両親についてお聞かせください。

両親は静岡県清水市の出身です。母方の家族はアメリカに永住するつもりで、まず祖父母がアメリカに移住して、しばらくしてから母とおばたちが一緒に渡米してきました。私が小さい頃は、毎週、母方の家族と過ごしました。
 父は、祖父母と同じ船で渡米する予定が乗船できず、伯父と一緒に別の船で渡米し、シアトルで祖父母と合流しました。父方の祖父母は当時から日本とアメリカを行ったり来たりしていた出稼ぎで、最終的には日本へ帰国しました。私が父方の家族に初めて会ったのは1950年半ばです。その頃、私の主人がアメリカ軍人として日本に駐屯したので、私も日本へ行って暮らしました。
 両親は10代はじめにアメリカに来ましたが、日本生まれなので日系一世です。祖父母も一世です。けれど、父の弟はアメリカ生まれなので日系二世です。兄弟ですが、生まれた国で一世と二世とに分類されます。私はアメリカ生まれなので二世です。ややこしいわね?


―安田さんのご家族は、どんな仕事をしていましたか。

“トラック・ファーマー”です。 年間を通して、小さい土地にいろいろな種類の野菜を育てて市場やレストランなどのお店に配達しました。小規模な農業ですが、いつも新鮮な野菜をお客さんに提供しました。早朝になると、問屋さんから「どの野菜をどれだけほしい」という注文の電話が入ります。注文を受け終わると、その日の収穫量について検討がつくので、それから収穫を始めて、野菜を洗い、木箱に詰めて午後に配達をしました。午後半ばから農作業や他の仕事を始めました。一日の労働時間はとても長かったですね。家族全員で働きましたよ。
 戦後は、戦前からいた土地に戻り、農業を再開することができました。多くの日系人たちが、強制収容のために財産を失いましたが、私たちはとてもラッキーでした。叔父がアメリカ生まれの日系二世だったので、一世の父とは違い、アメリカの土地を所有できました。そこで戦前に叔父の名前で土地を買いました。戦中に私たちが収容所に入れられた間は、白人の友人が、土地の管理をしてくれました。戦後、収容所から戻った時には、私たちが収容所に出発した日のまま保存されていました。彼はきちんと管理をしてくれました。私たちは彼が亡くなるまで、ずっと友人でしたよ。


―日系人への差別は、日系人全員が体験したわけではなかったのですね。これはなぜでしょうか。

私はフレスノの出身ですが、フレスノの西側には多くの日系人が暮らしていました。しかし、私の家族の住む東側には日系人は少なかったです。日系人が多い地域だと差別があったように思いますね。ロサンゼルス市には、大勢の日系人が暮らしていたので、日系人への差別がありました。差別はどこの地域で暮らしていたかで、体験するかしないかの違いが出るように私は思います。

―戦後、フレスノに戻り、再び、生計を立て直さなければなりませんでした。

ビジネスを立て直すためには、“ガンバル more”ね。当時、誰一人、文句を言う人はいませんでしたよ。みんな早起きして働きました。戦前同様、私たち子供も学校へ行く前に働いて、学校から帰宅してからも働きました。

―他のJANMのボランティアの方々にインタビューしましたが、「戦後、誰も文句を言わなかった」と、みなさんがおっしゃいます。

これが、“日本人”というものではありませんか?“ガンバル。文句を言わない”。これが日本人の性質の一つじゃありませんか?
 私はそう思っていますよ。私の子供たちは日系アメリカ人ですが、彼らを見ていても、そう思いますね。例えば、長時間労働をそんなに嫌がりもしませんよ。
 どのような環境で育ち、どのように育ったのか次第ですね。私は長時間労働の家庭で育ったので、長時間労働は苦になりません。ある特定のことをする時に、文句を言ってどうしますか。文句を言っても、何にもなりませんよ。


―へレンさんのお子さんにも、日本人・日系人の性質が受け継がれていますね。

正直で、他の人々を尊敬して、最善を尽くす。これができたら大丈夫ですよ。

―この性質は他の民族にも言えますし、人間であることの基本だと思いますが、いかがですか。

もちろん、これらの性質は人間の基本でもありますけれど、日系人でしたら、これらの性質を持っていると、他の人々は自然に期待しますよ。私はそう考えます。日系人は、このような性質を持っていて当然だと私は考えます。そう思いませんか? 「日本人として、このように生きなければ」と思いませんか?

―私自身を振り返ると、日本人としての性質が何かをしっかりと自覚していると言えないです。日系人の方たちと接すると、昔、日本人も持っていた良い性質を、今の時代でも受け継いでいると感じることがよくあります。

私たちの両親の考え方はある意味“古い”かもしれませんが、この考えや性質を、両親から教えられたことはありません。私たち子供は、両親がやっていることを見て学んできました。私たちも両親のように、行動で子供たちに示すように心がけてきましたし、子供たちも私たちの姿から学んでいってくれたらと思っています。

ヘンリー安田さんメモ
ヘレンさんのご主人
帰米二世・同シリーズvol.23、24、25に登場

一番、日本人の特質を世界に見せたのは、2011年の東日本大震災の時でした。テレビや新聞でも、被災者の方々が、秩序正しく列に並んでいた様子が大々的に放送されました。日本人は、道徳的にも文化的にも伝統的にも素晴らしい国民だと放送されたのを覚えています。本当に素晴らしかったですね。このような道徳価値観を、日系移民はアメリカに一緒に持ってきました。コツコツ努力して成し遂げた成果が、あらゆるコミュニティで評価されました。私たちは、一世たちが日本から持ってきたその素晴らしい性質を受け継ぎ、そのお陰で、今日、このような安楽な生活をおくれます。だから日系コミュニティではミーティングや式典が始まる前には、必ず先駆者たちへ感謝し黙祷を捧げます。



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写真・文・構成 Tomomi Kanemaru



JANMに行くと日刊サン読者にプレゼント!

入館料お支払いの際に「日刊サン掲載の『JANMへ行こう!!』を読んだ」と言うと、『ワシントンへの道 ~米国日系社会の先駆者 ダニエル・イノウエ議員の軌跡 ~』と『知られざる政治家 ラルフ・カーとニッポン人』の2つの日系移民史ドキュメンタリーが入ったDVDを特別プレゼント。昨年末に亡くなった大統領継承順位第3位のイノウエ議員のインタビュー入り。非売品なので貴重なDVD!
*入館料をお支払いの上、入館された方のみ対象。




JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

★「ボランティア・ガイド」に関心のある方は、下記まで。
213-830-5645

2014/09/06 掲載


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