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JANMへ行こう!! vol.33 - 広告業界で活躍した初の日系アメリカ人に聞く②


今月のガイド
マス(マサオ)・ヤマシタ さん

1936年生まれ。日系二世。7人兄弟姉妹の次男。カリフォルニア州オークランドからユタ州トパーズの収容所に送られる。高校卒業後、空軍に自ら志願して入隊。除隊後はGIビルでパサデナのアートセンターで学ぶ。広告代理店のDoyle Dane Bernbach に勤務し、ホンダ、ポルシェ、アメリカンエアラインなどのメジャー広告を手がけ、数々の賞を受賞し引退。



―前回、ヤマシタさんは、空軍での経験が自分を成長させてくれたとおっしゃいましたが、何があったのでしょうか。

空軍への入隊を決めた理由の一つに、環境を変えたかったことがありました。入隊一ヶ月でホームシックになってしまったのですがなんとか立ち直り、私は自分に言い聞かせました。「私はこれから別人になるんだ。もう、他の人が私のことをどう思おうと気にしない。自分自身になるんだ。自分の道を行くんだ。置いてきぼりなるのを気にして、他の人を追って従うことはしない」。

高校のときは、置いてきぼりになるのが嫌で友人たちを追っかけていましたね。すると今度は、周りの人が私を慕ってくるようになりました。本当ですよ、これが私に起きたのです。少しずつ自信が付いてきました。私は意識的に努力して、新しい環境で新しい人々とやり直すと決めて実行しました。実行してポジティブな結果が出ると人々は私を尊敬し、私もこれで良かったんだなとなります。そこで、これをキャリアにも応用しました。

クリエイティブな世界において一番大切なことは、他のマネをしないことです。特に広告業界では、二番煎じができません。アイディア、視覚ともに新しさが求められます。


呉のクラスメートと撮影した写真。ノーマジーンさん(左)
私は小さい頃、オリジナルのコミックブックを作り、オリジナルでいることを恐れず、周囲の人々のポジティブな反応もあって満足でした。その感覚が、私のなかにずっとありました。空軍から除隊してGIビルと妻の援助でアートセンターに通い始めると、私のなかで何かが一つになった感じがしました。アートセンターはとてもレベルが高かったので、自分に対する自信が必須でした。空軍に入り自信を持てたからこそ、乗り切ることができました。高校を卒業しただけでしたら到底無理でしたね。


―JANMでボランティアを始めたきっかけを教えてください。

私は、戦争直後、日系人であることを恥ずかしいと感じていました。学校の先生は私の日本名を発音できなかったし、母は私たちを置いていってしまったし、私は人目を気にするようになって…たくさんの理由がありました。
しかし、あるとき、日系人であることに誇りを持ちたいと思ったのです。日系二世というのは特別な世代です。他の民族が幾世代もかけて達成することを一代で達成しました。自分が二世であることに誇りを持つべきだと思いました。


長年、私は意識的に日系コミュニティーと距離を置いてきましたが、引退後は日系コミュニティーに戻ることを考えていました。無視してきた分を取り戻したいって。そこでJANMに連絡をして「必要なことがあれば何でもします」と伝えました。
すると「ガイドのボランティアをしてほしい」と言われました。今は、日系人であることに感謝しています。文化の保存は大切です。私ができることなら何でもJANMに貢献したいと今は思っています。アメリカのアジア系移民で、日系人が一番早く他の民族に混じってしまうと思います。日系人は強制収容があったので、バラバラに点在していますからね。私の孫はハッパで日系文化に接する機会はほとんどありませんが、JANMに来れば、彼女も日系文化を継承しているのだと分かると思います。


写真・文・構成 Tomomi Kanemaru

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もっと知ってJapanese American!

広告業界初の日系人誕生を支えたノーマジーン・ヤマシタさん
マス・ヤマシタさんの夫人で日系三世のノーマジーンさんは、帰米二世の父親が忠誠登録の質問27番と28番に『No、No』と答えたため、ツールレイクの収容所に入れられた。父親は他の収容所に送られ、ツールレイクでは母親と弟の3人で暮らした。当時の思い出を尋ねると、「収容所を出る頃、ある母親は日本へ戻るのが嫌で二人の子供を道連れに自殺しました。悲劇でした」と答えた。戦後、彼女の家族も父方の祖父が住む岡山県に一家全員で移った。

「6歳から12歳まで岡山と呉で暮らしました。日本の男子は、女子が遠慮なくものを言うべきじゃないと思っていました。私はおてんばで物事をハッキリ言うので、男子の思い通りにはなりませんでした。ケンカもしたので、男子は私のことをキライでしたね(笑)。担任の先生や日本の教育はとても素晴らしかったですけれど…」

アメリカ育ちのノーマジーンさんは、言葉や考え方だけでなく、振る舞いも日本人とは違った。「友達の腕に手を回したり、写真を撮るときは友達の肩に手を置いたりね、日本の子はこういうことをしなかったですね」
彼女が9歳のとき両親は離婚、母親と二人の生活が始まった。「母は呉のアメリカ軍基地や大学で働きながら私を育ててくれました」
6年生のとき、母親とともにアメリカへ帰国し、祖父のいるソルトレイクシティで暮らした。そこでマスさんと出会う。「中学校のバスケットボールトーナメントがあって、彼は私たちのチームのコーチでした。あの頃は顔見知り程度でした」


母親が再婚するとロサンゼルスへ引越したが、そこでマスさんに再会し結婚した。LA Trade Techでファッションデザインを学んだノーマジーンさんは、ハリウッドセレブの衣装をデザインし、アカデミー賞衣装デザイン部門にもノミネートされたアイリーン・レンツのスタジオで働いた。しかし、夫のマスさんがアートセンターにフルタイムの学生として通うことになり、生活費を稼ぐためにレンツのスタジオを辞めた。「ファッション業界はシーズン毎のプロジェクトだったので、年間を通して収入を得るために仕事を代えました。当時、夫が学校へ行くために妻が働くのは普通でしたよ。多くの日系人女性がしたことです」


マスさんがクリエイティブな分野で働くことに不安はあったかと聞くと、「テレビCMやビルボードが発展してきて将来性のある分野だと思いました。当時の広告業界には“日系人はマンガやキレイな絵を描く”と定評がありました。しかし広告のアイディアを出せるとは認識されていませんでした。主人の創造力はアイディアを出すことで発揮されたので、理解されるまで苦労しました」
数々の賞に輝いた広告業界初の日系人誕生の裏には、献身的に支える妻の姿があった。

写真・文・構成
Tomomi Kanemaru



JANMに行くと日刊サン読者にプレゼント!

入館料お支払いの際に「日刊サン掲載の『JANMへ行こう!!』を読んだ」と言うと、『ワシントンへの道 ~米国日系社会の先駆者 ダニエル・イノウエ議員の軌跡 ~』と『知られざる政治家 ラルフ・カーとニッポン人』の2つの日系移民史ドキュメンタリーが入ったDVDを特別プレゼント。昨年末に亡くなった大統領継承順位第3位のイノウエ議員のインタビュー入り。非売品なので貴重なDVD!
*入館料をお支払いの上、入館された方のみ対象。




JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

★「ボランティア・ガイド」に関心のある方は、下記まで。
213-830-5645

2014/05/24 掲載

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