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日系社会のフロンティアを尋ねる vol.6 - アケミ・キクムラ・ヤノ UCLAアジア系アメリカ人研究センター客員研究員
日系社会で活躍するリーダーと各界で活躍する日系リーダーを尋ねるシリーズ。第6回目は、前Japanese American National Museum(JANM)CEO兼館長で、現在はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アジア系アメリカ人研究センター客員研究員のアケミ・キクムラ・ヤノ氏にインタビューした。

アケミ・キクムラ・ヤノ

アーカンソー州ロワー日系人収容所生まれ。前JANMのCEO兼館長。現在、UCLA客員研究員。著書「日系人とグローバリゼーション」(レイン・リョウ・ヒラバヤシ、ジェイムズ・A・ヒラバヤシ共著)。新書を執筆中。2012年旭日小綬章を受章。



自分のストーリーを表現

—大学に通いながら女優業をしていましたが、最終的には学問の道を選び人類学で博士号を取得しました。女優から学者に転向したきっかけを教えてください。

映画『Farewell to Manzanar』のセットで。真珠湾攻撃前のサンタモニカにあるワカキ家という設定。写真は、チヨコ役(ワカキ家長男のテディ・ワカキの妻)のアケミ・キクムラ(前列左)、ジャンヌ・ワカキの祖母役のミツ・ヤシマ(前列右)、カルバン役(ジャンヌ・ワカキの兄)のバーノン・カトウ(後列左)、カルバンの友人役少年(後列右)=カリフォルニア州ティブロン、1979年
UCLAでは勉強しながら、アジア系アメリカ人シアター団体「イースト・ウェスト・プレーヤーズ」で演劇も勉強していました。当時のアーティスティック・ディレクターは、映画『砲艦サンパブロ』でアカデミー助演男優賞にノミネートされたMakoでした。ある日、CMのドレスリハーサルに行き、待ち時間に共演者の白人女性と話しました。彼女は毎日オーディションを受けていましたが、私は一ヶ月に1、2度、オーディションがあるかないかでした。懸命に演技の勉強をしても与えられるのは小さい役ばかりでフラストレーションがたまる一方でした。

そこで自分の作品をプロデュースしようとしたのですが、私のエージェントが「女優はいつでもできるから退学せずに勉強を続けなさい」とアドバイスをしてくれました。それから勉強に打ち込み、徐々に演劇から遠ざかっていきました。アジア系の女優はなかなか大きな役がもらえれないけれど、作品を書いたりプロデュースしたり、 展覧会の企画運営をしたりと他の分野でもっと活躍できると、女優をしていて気が付きました。私たちは自分にしか創れない作品を創作する“マスター”なのです。

こうして私は次へと進みました。けれど、人々の代弁者となることへの情熱はまったく変りませんでした。JANMでの仕事は、自分のストーリーを“演じる”とは別の方法で表現する感じです。日系アメリカ人(以下、日系人)の歴史を知らない人が来館しても学ぶことができ、「日系史を知らなかったけれど、自分の体験と似ているな」と共感する部分があるのではないでしょうか。そして職場、コミュニティー、教会などさまざまな場所で考えたり、ときには弁護するようになるかもしれません。社会を向上するために、大小の違いこそあれ、誰もが何かできるのです。最初は弱々しく体験を他の人と分かち合っていても、いつかは信念の先にある魂へとたどり着きます。


—JANMの二代目CEO兼館長を務めました。そこまでの道のりを聞かせてください。

1917年に写真花嫁としてハワイに移住したハルノ・タザワさん(左)。オアフ島のエワプランテーション、サトウキビ畑で働いていた。アケミ・キクムラJANMキュレーターは、タザワさんのプランテーションの自宅で彼女にインタビューし、タザワさんの服を含む展覧会「一世の開拓者たち:ハワイと本土、1885年から1924年」を開催。これはJANM創立初めての展覧会=1990年
1987年にJANMで働き始め、正式にキュレーターとなったのは89年です。JANMは多くの方々のご協力のお陰でできました。キュレーターは、創立当時から長年勤務したケレン・ヒガさんをはじめ、たくさんのキュレーターが出入りしていました。私はキュレーターの他にグラントを得るための書類作成なども担当しました。JANMのオープン前に、館内の展示をどの時代から始めるかについて、学者やコミュニティーの人々と話し合いました。第二次世界大戦のあたりからという意見もありましたが、“日系人は強制収容された人々”という印象のみが一人歩きしてしまうことが懸念されました。

他には、私たちの基盤を作ってくれた一世たちを忘れてはならないという意見も出されました。日本人が合法な移民としてハワイへ渡ったのは1885年です。そこで展示は日系一世の移民から始めることに決まりました。展示では、一世たちがどのように暮らし、どのように世界を見ていたのかを再構成しなければなりませんでした。そのためには、実際に一世たちが使っていた生活用品の収集が不可欠でした。そこでハワイ、ニューヨーク、シカゴ、オレゴンなど全米各都市へ収集の旅が始まりました。

日系人移民の原点であるハワイには、初期のプランテーションで働く日系人たちの様子が来館者に伝わるような展示品を求めて訪問しました。そして柳行李やプランテーションでの労働着などを保存していた高齢の日系一世、ハルノ・タザワさんにお会いすることができ、インタビューもできました。収集を続けながら、同時にプログラムを作り、グラントを得る書類を作成し、資金集めもしました。プログラムは短期か長期か、どのようにストーリーを伝えるのか、費用はどれくらい必要か、どんなエキスパートや学者が必要か、グラフィックデザイナーのことなど考えることがたくさんありました。こうして私はJANMで実績を築き、アイリーン・ヒラノ・イノウエ初代CEO兼館長が退職した後、二代目に就任しました。


—アメリカには多くの民族が“アメリカ人”として暮らしています。このような状況のなかで、アメリカの特徴は何だと考えますか。

主な特徴は、アメリカ人の私たちは民主主義を信じ、憲法を持っていることです。そして個人の権利が保障されています。これがアメリカ合衆国を構成しています。民族が構成しているわけではありません。しかし、いまだに“アメリカ人=白人”です。“アメリカン・ガイ=白人青年”、“アメリカン・ガール=白人の少女”なんですよ。アメリカ人は白人だけではなく有色人種もいますし、宗教もそれぞれ違います。バックグランドも文化背景も違います。アメリカ人であるためには、憲法に忠実であること、民主主義のもと法律に沿って生活することなのです。

しかし、第二次世界大戦のとき、アメリカ人自身でさえもこれらの権利を否定し、日系人を強制収容しました。これは正しいことではありません。アメリカでは権利をアメリカ市民が持っていますが、日系人が体験したようなことが、再び起こりうるのです。これはとても怖いことです。個人一人一人が、権利を守るために立ちあがらなければなりません。アメリカの大統領や議員たちが必ずしも正しいとは限らないのですから。アメリカのもう一つの特徴は、自由があること。夢を見る自由があることです。貧しい経済状態にあった人、ある種の民族背景を持った女性は、ハンディキャップを感じているかもしれません。自分が望んでいたことが叶わない、これ以上はもう良くならないと感じているかもしれません。

しかし、アメリカの教育は、まだ自由と創造性に価値を置いていて、新しい道を切り開くことができます。物事は日々変化しているので、昨日と同じことを今日する必要はありません。「どのように向上するか」なのです。創意工夫と創造性、これが、アメリカの素晴らしい特徴です。この特徴のお陰で、特に若者たちは夢を追いかけることができ、観念にとらわれない考え方ができるでしょう。アメリカは若い国なのが良い点でもあります。ある意味、元気ですね。

私たちは、自分のストーリーを創造性を使い、まったく新しい手法で分かち合うことができます。平等の権利については声をあげて戦わなければなりません。私が一世について研究したときに気が付いたのですが、一世の人たちにも権利のために立ち上がろうとする性質が存在していました。このような“価値がある性質”は育てなければなりません。「出る杭は打たれる」という日本のことわざを知ってはいますが…。

私たち日系人はある特定のアメリカの特徴を学び、私たちの文化に取り入れて変容させました。私たちはよい意味で混ざり合い、スペシャルになりました。だから子供たちや若い世代には「他と違っても大丈夫だよ。あなたのマイナス点とするのではなく、特権として使いましょう」と言って、励ましましょう。


=Tomomi Kanemaru

2014/04/12 掲載

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