後藤英彦のぶっちゃけ放題!
第193回 謎めいた日本人の微笑み
2012-10-24
アメリカ人の本音。「日本人は笑う場面でないのに笑う。この謎めいた笑いにはぞっとする」。
彼らの気分を悪くするその正体は一体なんなのでしょう。
「怪談」で有名なラフカデオ・ハーン(小泉八雲)はエッセイ「日本人の微笑」のなかで次のように書いています。
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「横浜在住の英国婦人の話。彼女が雇っていた日本人のお手伝いがなにか楽しいことでも起きたように微笑を浮かべてやってきて、『主人が死んだので葬式を出します。一日お暇をください』という。
むろん休暇を与えました。遺体を焼いて夕方戻ってきて、骨と灰の入っている壷をわたし(英国婦人)に見せました。
そして『これが主人です』といって笑ったのです。本当に声を立てて笑ったのです。こんなむごい人間のいるのをあなたはご存知ですか」。
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松江藩士の娘小泉セツを妻にしたハーンは日本の理解者で、お手伝いの謎の笑いを次のように解いています。
「夫の死は妻には耐え難い悲しみだけど、他人には忌まわしくも避けたい凶事、不幸です。
泣き崩れるのは簡単だけど、夫の死を悼んでいたら周囲に忌まわしさが広がります。他人に嫌な思いをさせてしまいます。
一人の不幸を二人の不幸にしてはいけません。心で泣いて顔で笑わなければなりません。人を第一に思う心。悲しみを笑いに変える必死の表情。
日本人の微笑は長い歳月をかけ丹念に創りあげられた作法の一つです」。
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新渡戸稲造は名著「武士道」で、次のように書いています。
「魂が揺さぶられるとき、日本人は本能的にそれが外へ表れるのを静かに抑えようとします。
日本人の笑いは逆境で乱された心の平衡を取り戻そうとする努力を、うまく隠す役割を果たしています。この笑いは悲しみや怒りとの平衡をとるための作業なのです」。
ハーンや新渡戸によると、日本人の笑いは周囲を気にする心と自分の心のバランスを保持する礼儀作法なのです。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。