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コラム

龍馬ゆかりの人々
第47回 陸奥 宗光

2011-04-28

 陸奥宗光の幼名は要之助という。1844年和歌山県生まれ。龍馬は、海援隊に馳せ参じてきた者には差別せず志を尊とむ事を尊重した。
 宗光は、和歌山藩を脱藩して海援隊に加わるが、人の運命は一寸先は闇。宗光は龍馬に憧れ、龍馬に心酔して馳せ参じた一人である。また、龍馬にもっとも愛された人物の一人である。1835年生まれの龍馬は、弟分として情愛を注いでいた。利発な宗光は、龍馬の陰を踏んで行く。たしかに和歌山藩を脱藩してきた宗光は、龍馬の基に骨を埋める覚悟であったであろう。
 
 龍馬は、宗光をこのように評している。
 「彼は非常な才物である。他の者は大小を取り上げれば、殆ど食うにも、困る者ばかりだが、陸奥だけは上手に世の中を渡り歩ける」

 まさに龍馬は、宗光の行く末を看破していた。しかし、龍馬はその至宝の玉を手に乗せて愛でる事はなかった。龍馬は新政権の暁を見ずして世を去る。

 宗光は、後に、駐米大使に任命され、我が師と仰ぐ、坂本龍馬が成し得なかったアメリカに赴任するとは、何と言う運命の悲哀を感じる。その後、農務省を経て、伊藤博文内閣の外相となった。1894年には、領事裁判権の条約改正に成功した。1894年、日清戦争後の下関講和会議で全権大使となった。そして明治政府より伯爵という爵位を受けた。

 坂本龍馬在りせば、何たる爵位を受けたであろうか。龍馬は「わしゃあ何も要らんぜよ」と、飄々(ひょうひょう)と袴をひるがえして、桂浜を歩いていただろう。
 英雄は孤独なり。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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飯沼信子

著述家。静岡県沼津市生まれ。歴史の中に埋もれた、海外で活躍した日本人、
その妻らを取り上げ、「野口英世の妻」「高峰譲吉とその妻」等の本を著す。
2006年、その功により、日本政府より旭日単光章を受章。日本ペンクラブ会
員、日本エッセイストクラブ会員。ウエストヒルズ在住。




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