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コラム

龍馬ゆかりの人々
第46回 第四章 龍馬の風采

2011-04-28

関義臣の懐旧談を、3年前に私は義臣の曾孫・小原正義氏から手渡された。義臣が記録した110年前の手記は、昭和52年11月15日に小原氏が注釈と口語体にして出版した。今回は、それを数回にわたり記したいと思う。

 関義臣翁の龍馬観は、後世の言い伝えや小説で作りあげられた龍馬とはいささか異なるものがある。
 龍馬の風采は、五尺八寸(1メートル69センチ)、筋肉逞しく、顔色鉄のごとく、額は広く、着物の衿はだらりとはだけて胸を露出していた。背中にはうじゃうじゃと毛深く、暑くても人前では裸にはならなかったと言われていた。顔にはほくろがが多く、眼は光り、人を射るものがあった。普段は無口で静かであるが、議論が始まると滔々と雄弁になり、まさに談論風発、止まる所がなかったという。龍馬は自分もしゃべり、同志にも充分に発言を促した。一党の長として広く多くの意見に耳を傾けた龍馬は、やはり天性の党首としての資質を備え持っていたと言うべきであろう。一党を制するには、それだけの技量がなくてはならない。
 部下には厳しい制約を設けた。人の妻を犯した者、暴行を働いた者、同志の団結を乱した者には厳罰を与えた。その公正さはまさに藩主の命令のごとく権威があったという。しかしながら、隊士たちへの温情はあたかも家長としてのおおらかさがあった。
 時には隊士たちを連れて料亭に行き、労をねぎらった。そこにはお龍さんも呼んだ。義臣翁は龍馬フアンであろうか。ことごとに龍馬に心酔していく。龍馬の声は、朗々として玉を転がすようであった。義臣翁は忘れ難い一風景を記している。
 盃を膳の上に置き、左の膝を立て、手を打って拍子をとり、三味線に合わせて謳う。

   花のお江戸の両国橋へ
        按摩さんが眼鏡を買いに来た よさこい よさこい
   お医者の頭へ雀が止まる
         止るはずだよ藪医者だ   よさこい よさこい

 この二つは、文久年間に江戸で流行ったものだが、龍馬が江戸に居るとき、龍馬が「土佐の高知のはりまや橋」を替え歌にしたという伝説である。


関 義臣 1839年生まれ。越前福井藩士・政治家。男爵。藩校明道館で学ぶ。その後、長崎の坂本龍馬を訪ね、亀山社中に加盟した後に海援隊に所属。大阪府権判事をはじめ徳島県知事、山形県知事、貴族院議員などを歴任した。 


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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飯沼信子

著述家。静岡県沼津市生まれ。歴史の中に埋もれた、海外で活躍した日本人、
その妻らを取り上げ、「野口英世の妻」「高峰譲吉とその妻」等の本を著す。
2006年、その功により、日本政府より旭日単光章を受章。日本ペンクラブ会
員、日本エッセイストクラブ会員。ウエストヒルズ在住。




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